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タブラクワイエサとエジプト |
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| ■師匠〜スーフィー・タンヌーラ〜
1)タブラクワイエサ結成 タブラクワイエサの結成はミレニアムの年、2000年にエジプトはカイロで上田親寿と地主大介が知り合ったことがきっかけです。 ベリーダンスフェスティバル「カイロフェスティバル(初回)」参加のためカイロを訪れていた上田が当時まだ語学留学中の大学生だった地主にダラブッカの手ほどきをしたのです。 すぐにダラブッカのトリコとなった地主は上田を誘ってカイロ市内で毎週3回(2007年現在は2回)無料で開催されている「スーフィー・タンヌーラ(以下スーフィー)」と呼ばれる公演に行きます。 そこで男ばかり、太鼓だけの驚異的なパフォーマンスを見、エンターテイメント性の高さに大きな衝撃を受けた上田は、密かに「このパフォーマンスを日本で再現しよう」と決意たのでした。 今までベリーダンスの「伴奏」と思っていたダラブッカがそこでは思いっきり「主役」だったのです。 その後地主は単独で当時のスーフィーの主席ダラブッカ奏者ハサン・ヨセフに師事。 エジプト・スーフィーのテクニックをはじめて日本に持ち帰ったのでした。 そして2001年、再び東京で再会した上田と地主によって「タブラクワイエサ」が結成されました。
※ハサン・ヨセフ氏は現在オーストラリアで活躍しています。 |
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当時の主席奏者ハサン・ヨセフ |
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| 2)メンバー全員で弟子入り その後メンバーは続々と増え、2005年の春当時のメンバー5人で1ヶ月強にわたるカイロ合宿を行いました。 弟子入りしたのはもちろんスーフィーのトップ奏者たち。 スーフィーの重鎮ムハンマド(兄)&アーデル(弟)のヨーセフ兄弟、若手NO1ダラブッカプレイヤーハニー・モルガーンらトップ奏者に連日厳しいレッスンを受け、スーフィーの伝統的リズム、テクニック、理論ほか演奏やパフォーマンスに対する心構えなどを学びました。 さらに音楽を通して彼らと深い絆で結ばれたタブラクワイエサは楽器や衣装などを譲り受け、世界ではじめて正式にエジプト・スーフィーの演目再現の許可を得たのです。 |
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※「スーフィー・タンヌーラ」は正式にはエジプト文化省直属「タンヌーラ伝承民族舞踊団」といいます。2007年現在はカイロ市内、イスラム地区の「ウィカールト・アル・グーリー(スルタン・ゴーリーの隊商宿)」にて毎週水曜と土曜の2回、午後20時(開場は午後19時)より無料で上演されています。カイロに行ったら必ず足を運んでみてくださいね!
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■ブラザル(兄弟)〜ハミス・ハンキッシュ〜 ハミス・ハンキッシュ(Khamis Henkesh)はエジプト人なら誰もが知っている国民的スター。 エジプトだけでなく世界的にも有名なダラブッカ奏者です。 タブラクワイエサのメンバーはダラブッカを通してハンキッシュとも親交を深めており、今ではお互いにブラザル(brotherのこと)と呼び合う仲。 2008年夏にはエジプトの「ハンキッシュ・バンド」にタブラクワイエサ上田が参加する予定です。 ※ハミースハンキッシュ&スペインNO1のベリーダンサーNesmaによるDVD「Rythms of oriental dance」の日本語版は上田が解説を書いています。このDVDでは高砂親方に勝るとも劣らないハンキッシュの「天然の輝き」を十分に堪能いただけます。ベリーダンスとコラボレーションしたいダラブッカプレイヤー、タブラとコラボレーションしたいベリダーンサーは必見です。 |
![]() <ブラザル>上田・ハミス・空中紳士 |
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| ■サポート〜Al-AHLY〜 2006年12月、サッカーTOYOTA CUP2006参加のため、アフリカ大陸最強クラブチーム「Al−AHLY」が来日しました。 来日と初戦突破を祝って開催された歓迎会(エジプト大使館主催)で、栄えあるメンバー歓迎の演奏を任命されたのはタブラクワイエサ。 遠い日本の地で故郷のリズムを聞くことができたAHLYのメンバーはとても喜んで、セッションに参加する場面もありました。 このニュースはエジプト国内のスポーツ番組などで取り上げられ、大きな反響を呼んだそうです。 またこのパーティーの模様はいまだにカイロ市内のメトロ構内のモニターで放映されており、タブラクワイエサは一躍エジプトで最も有名な日本人アーティストとなりました。
※サダト駅など大きな駅には地下鉄のホームのTVモニターがあります。カイロで地下鉄に乗る際にはぜひチェックしてくださいね! |
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| ■日本でスーフィーを再現
2005年春のエジプト合宿以降、タブラクワイエサ各メンバーはそれぞれ何度もカイロを訪れ、またメンバー同士で切磋琢磨しながらたゆまぬ研鑽を続けました。 また太鼓のメンバーだけでなく、カワラ(エジプトの横笛)の阿部夏志、ラバーバ(バイオリンの元祖と言われる楽器)の閔賢基も本家スーフィーのメンバーに師事、口伝のみで継承されていたスーフィーのメロディーを日本に持ち帰ることができたのです。 そしてついに2007年5月、タブラクワイエサ主催の「東京イフティファール」にて、日本ではじめて本家と同じく男性だけでスーフィー・タンヌーラを再現させることができました。 タンヌーラと呼ばれる巨大スカートもすべて本物。本場さながらの大迫力のエンターテイメントに日本のお客さんだけでなく会場に来ていたエジプト大使館関係者はじめ多くのエジプト人の友人たちにも喜んでもらうことができました。
※閔賢基氏はクワイエス・エジプト文化交流基金の第1期生として2007年3−4月エジプトに音楽留学し、カマンガ(アラビック・バイオリン)とラバーブの技術を学びました。 ※東京イフティファール2007ではエジプトの孤児院への募金活動も行いました。
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■日本×エジプトの架け橋として 2007年、日本とエジプトの文化交流開始から50周年を迎えました。 タブラクワイエサは年初にエジプト大使館で開催された記念パーティーでもタブラの演奏を披露し、大使と親交の深い小泉純一郎前首相など各界の有名人にも激励の言葉をいただきました。
現在タブラクワイエサはエジプトパーカションの魅力を伝えるべく全国各地で精力的にワークショップを行っています。 また同時に日本の子供たちにもエジプトやアラブの音楽を伝える活動をしています。
エジプトには「ピラミッド」や「ツタンカーメン」、「サハラ砂漠」など 誇るべき過去の文化遺産や自然もたくさんありますが、決してそれだけではありません。 実は現代のエジプトにも古代遺跡に勝るとも劣らないすばらしい文化がたくさんあるのです。 タブラクワイエサはこれからも魅力に満ちたエジプト現代カルチャーを日本に伝え、 またさまざまな活動を通して日本×エジプトとの架け橋となるべく頑張っていきたいと思っています。 |
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